理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
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が取材しました!

総合芸術 加速器
~この技術の結晶を、未来に繋げる~

加速器基盤研究部 西 隆博さんに聞きました

西 隆博さんって何をしてるの?

この世界の物質を構成しているのは原子です。原子は陽子と中性子からなる原子核と電子でできています。仁科センターでは、加速器を用いて原子核をビームにして衝突させることでさまざまな実験を行っています。
加速器基盤研究部は加速器を安定して運転するための技術開発をしています。なかでもリニアックチームに所属する西さんは、その加速器全体をよりよい装置にするために、ビーム制御の改善を目指しています。機械学習によってビームの軌道や強度を制御すれば、原子核をうまく衝突させることが可能です。将来の最適なビーム制御の実現に向けて、今はテストベンチを用いた実証実験を行っています。

西 隆博さん
西 隆博さんの略歴

2017年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了。博士(理学)。2012年より学術振興会特別研究員、2015年から理研の特別研究員、2021年からは理研の研究員として仁科センター 加速器基盤研究部に所属。趣味は、カメラ撮影とカメラレンズの収集。

質問1実験や研究で新しい挑戦をするとき、心に決めていることはありますか?

西:最終的には汎用性の高い技術・手法をつくり出したいという気持ちでやっています。目の前のものだけではなく、場所も時も超えた先の世界で、自分のつくり出した手法―“西メソッド”が使われている現場を想像しています。人類の技術を自分が進歩させたいという気持ちで研究を進めています。
また、学生時代にとある先生がおっしゃっていた「3年後、5年後、10年後それぞれの目標をもって研究しなさい」という言葉もよく思い出します。目の前の問題だけではなく、その先に何を成すか、そのような目的をもって臨むのが重要だと思いながら研究しています。

最適なビーム制御の方法を開発するために、実証実験を行っているテストベンチ。
最適なビーム制御の方法を開発するために、実証実験を行っているテストベンチ。(イラスト:貝吹 千宙)

最適なビーム制御の方法を開発するために、実証実験を行っているテストベンチ。(イラスト:貝吹 千宙)

質問2研究をしていて喜びを感じる瞬間はどんなときですか?

西:科学者には理論家と実験家の二つのタイプがいるのですが、自分は実験家タイプの中でもよくシミュレーションを行います。シミュレーションというのは基本的には物理なのでとてもシンプルなはずなのですが、なかなか現実と合いません。そこで、条件を変えるなどして繰り返し実験したり、シミュレーションに新たな効果を加えたりします。シミュレーションと現実がやっと一致したときはとてもうれしいです。また、加速器研究は、どの要素が欠けても機能しない「総合芸術」だと思っています。これらの開発の準備をすることも楽しいのですが、何と言っても研究結果が出たときに、「この答えを知っているのは世界で自分だけなんだ」と思える瞬間が最高です。

質問3加速器基盤研究部の研究は私たちの暮らしと縁遠いものと感じますが、ふだんの生活の中で自分の研究分野につながっている事柄を見つけることはありますか?

西:加速器の研究で使っている数学・統計力学・確率論などの考え方は、生活の中でも活きる場面があります。例えば、コロナワクチンなどのサイエンス系のニュースや社会的なアンケートの結果を見たときに、ニュースでは大げさに伝えられているけれど数値を見たら誤差の範囲内のように思えるときがあります。また、逆に「このニュースは意味がある」と自分で考えることもできるので、世界を"正しく" 見るのに非常に有益かなと思っています。あとは、研究を通して「いろいろな環境が結果に影響する」ことを知っているので、例えば「純粋な実験は非常に難しく、何かしらのバイアスが入っていることが多い」という目で物事を見ることができるようになります。

質問4この記事を読んでいる人に伝えたいことはありますか?

西:まず、「物理も加速器も楽しいよ!」と伝えたいです。例えば漫画や特にSFが好きな人には、物理や加速器はそのSFの世界を自分の手でリアルにもってこられる手段の一つだと伝えたいです。特に加速器研究は巨大な装置が立ち並ぶので、それらの最新技術をコントロールすることで「宇宙の深淵をのぞく」と言っても全然大げさではないと思います。もちろん、科学を社会に還元するという目標も掲げており、責任も感じています。しかし、物質的なものだけでなく、世界の秘密をのぞく過程の楽しさと、その秘密を明かすことで社会に貢献したいのです。いわゆる「娯楽的な科学」がもっと社会に認められて、夢を追い求める人が一人でも増えたらうれしいです。

西さんが撮影した「仁科小町」。仁科センターの加速器でつくられたサクラの新品種。

西さんが撮影した「仁科小町」。仁科センターの加速器でつくられたサクラの新品種。

(2022年4月取材)

貝吹 千宙
貝吹 千宙

インタビューを終えて

温かい雰囲気でインタビューに応じてくださり、科学者の方々に対するイメージが大きく変わりました。内容に関しては、インタビュー中に西さんが加速器研究のことを「総合芸術」と表現されていたことが強く印象に残っています。多くの人々が些細な注意や要素をどれ一つも欠かすことなく織り込むことによって、科学技術は進歩しているのだと、肌で感じることができました。貴重な体験をありがとうございました。

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