理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
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不安定核が見たい!思いを叶える装置開発

実験装置開発部 阿部康志さんに聞きました

阿部康志さんって何をしてるの?

仁科センターには、不安定核の研究をする「SCRIT(Self-Confining RI Ion Target)」という装置があります。SCRITは理研で独自に開発された「自己閉じ込め型」の衝突装置で、電子と不安定核を衝突させ、それらが散乱する様子を見ることで、不安定核の構造(形や大きさ)を調べることができます。特に、短寿命な不安定核の構造を調べることができれば世界初の発見になります。新たな発見のために必要なことの一つが、電子と不安定核の衝突頻度を上げることです。阿部さんはその研究を担当しています。

阿部康志さん
阿部康志さんの略歴

筑波大学第一学群自然学類卒業後、同大学院数理物質科学研究科物理学専攻博士課程に進学。この頃に理研の大学院生リサーチ・アソシエイトに応募し、短寿命核質量測定装置開発チームに配属される。その際、メンバーとともに構想段階だった装置を設計、メーカーの協力を得ながら3年がかりで質量測定の装置全体を完成させた。2019年から2年間は量子医学の研究所に行き、そこでも装置開発を行った。その後、理研に戻り、現在は協力研究員としてSCRITの研究をしている。趣味はゲームで、ポケモンをやっている。

質問1研究内容を詳しく教えてください。

阿部:私は、不安定核の構造を電子散乱によって明らかにする研究をしており、そのために必要な SCRITという装置を開発しています。電子散乱とは、原子核に電子を衝突させ、そのはじかれ方を見ることで不安定核の構造を調べる実験方法です。構造を調べるにはたくさんのデータを取る必要があり、衝突頻度を上げなくてはなりません。そのために不安定核の数を多くする必要があります。しかし不安定核はすぐ崩壊してしまうので、数を増やすことが困難です。この問題を解決するために生み出された方法が、「SCRIT法」です。SCRITは「自己閉じ込め方式の不安定核標的」という意味です。電子ビームがマイナスの電気をもっているため、その経路には電気的にマイナスが強い場所が生まれます。そこにプラスの電荷をもつ不安定核のイオンが引き寄せられてとどまる、という仕組みです。このようにして不安定核を電子ビームの経路に閉じ込めることで、衝突頻度を上げることができるのです。この装置を用いて、不安定核であるセシウム-137(137Cs)の構造を見ることに世界で初めて成功しています。今後は、宇宙創生の解明にもつながると期待されるスズ-132(132Sn)の構造に迫りたいと考えています。そのために、SCRITの衝突頻度を上げ、バックグラウンドを減らすなどの課題に取り組んでいます。

不安定核に電子を当て、その散乱で構造を調べる(イメージ、上左)。「SCRIT(上右)」は不安定核と電子の衝突(上左)の頻度を上げる装置。SCRIT内部の様子を動画で示す(下)。青い粒子が不安定核、赤い粒子が電子。

質問2装置のつくり方の手順を教えてください。

阿部:依頼を誰かから受けるのではなく、「このようなことが知りたい」という自分たちの思いから製作を始めます。いきなりつくり始めるのではなく、まず、どのような実験をする必要があるのか、どこに設置するのかなどの計画を立てます。その後、シミュレーションなどによりどのくらいの期間研究すればデータが取れるかを確かめ、予算を申請します。予算が取れたら、装置の試作を繰り返し、それに成功すれば実際につくります。このように多くのステップがあるため、構想から装置の完成までには 10 年間くらいかかることが珍しくありません。装置についてよく知っている人材が必要とされるので、構想から完成まで 一つの装置にずっと携わる人もいます。

SCRITを含む装置の全景。アイデアの着想から装置の完成まで15年以上かかった。

質問3理研での基礎研究と、量子医学という応用研究を経験されていますが、違いはありましたか?

阿部:確かに、違いはあります。まず、基礎研究は直接我々の生活で役に立つことはほとんどありません。「理研独自の技術」はいろいろありますが、ほかのところで再現できないものが多いです。一方で、応用研究は実際の生活に取り入れることができます。仁科センターでいえば、粒子線を用いた品種改良などです。あとは、基礎研究は「これを知りたい」というのが原動力ですので、何かを追求することに力を注ぎますが、応用研究は予算を気にしなくてはいけませんし、期限に追われることもあります。こうした違いはありますが、原子核分野ではどちらも研究者間の上下関係にとらわれずフランクに意見交換できるのがよい点だと思います。また、答えがいつ出るかわからないことを続けられる人が研究者であるという点も共通しています。この分野はうまくいかないことも多いですが、そのような時は仲間との話し合いを重ねて解決方法を探ります。つらいこともありますが、少しずつ頑張っていこうと思っています。

SCRIT実験の計測室

質問4ふだんの時間の使い方を教えてください。

阿部:研究室によりますが、忙しいことが多いと思います。質量測定の研究をしていた際には、3日間眠れないこともありました。私が、研究の全体像を把握しなくてはならなかったからです。でも、ふだんは夜の8時頃には帰ります。移動中や家に帰った後にはゲームをしたりもしています。時間の使い方にコツなどはありませんが、自分が苦にならないことが大切だと思います。

(2023年4月取材)

女子学院高等学校1年 松下千穂里
女子学院高等学校
1年
松下 千穂里

インタビューを終えて

インタビューを通して、職業として研究することの大変さを実感しました。ですが、阿部さんは非常に楽しそうに研究内容について話してくださり、本場の研究が楽しいものである、ということもわかりました。このインタビューにより、研究者に対する解像度が上がったように感じています。また、このように面白い研究の話が世間に知られていないことをもったいない、とも思いました。難しい話ではありましたが、ていねいに説明してくださったので、私でも楽しむことができたからです。このような記事を通して、少しでも多くの人に研究というものに興味をもってほしいと思いました。

INTERVIEWインタビュー