理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
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計算機からCP対称性の謎に迫る

核子多体論研究室 柳瀬宏太さんに聞きました

柳瀬宏太さんって何をしてるの?

柳瀬さんは、原子核の電荷の偏りによって生まれる「シッフモーメント」*1を観測するために、原子核が変形していて観測しやすい原子を探す計算を行っています。日々スーパーコンピュータ「富岳」を使い、原子核の波動関数を足し合わせる高度な計算を行っています。このシッフモーメントの存在を確かめることで、宇宙に反物質より物質のほうが多いという謎を解明することにつながり、この世界ができた根源的な理由に迫ることができます。

柳瀬宏太さん
柳瀬宏太さんの略歴

2019年埼玉大学大学院博士課程修了。博士(理学)。東京大学原子核科学研究センター特任研究員を経て2023年から基礎科学特別研究員として仁科センターに。子どもの頃から物理に憧れていた。世界の研究者たちと、紙とペンで語り合うのが好き。

質問1研究について教えてください。

柳瀬:私は現在、計算機でのシミュレーションを通じて、反物質に対し物質が圧倒的に多いCP対称性の破れ*2の謎を解明するための研究を行っています。CP対称性の破れ自体は存在が確認されていますが、それだけではこれほど物質が優位である説明ができません。そこで、この破れの仕組みを解明するため、原子の電気双極子モーメント(EDM)*3を見つけ出そうとしています。

CP対称性の破れとEDM

CP対称性の破れとEDM。原子では、電荷分布の偏りによってEDMが発生する場合があり、このEDMについてCP対称性が破れていると予測されている。例えば、図下左端の電荷分布をパリティ変換すると、図の右端のように電荷分布が反転するため、EDMも逆向きになる。「パリティ対称性が保たれている」のはこの二つの状態が等価であることなので、そのためにはEDMは0でなければならない。よって、このEDMがある(0でない)と証明できれば、パリティ(P)対称性が保たれていないといえる。一方、時間反転を行うと電荷分布は反転しないが、中央の図のように原子のスピンの向きが反転する。次に、スピンの向きを元に戻すため上下に180度回転させると、代わりに右端の図のようにEDMが逆向きになる。よって、もしEDMが測定されると、時間反転対称性も破れているといえる。また、時間反転対称性はCP対称性と等価であることがわかっているので、CP対称性も破れていることになる。このように原子のEDM(原子EDM)の存在を示すことができれば、CP対称性が破れていることの根拠となる。

原子核中の核力によってCP対称性が破られ、シッフモーメントが生じます。このシッフモーメントと電子が相互作用をすることで「原子EDM」が生じるため、この値を測定することでCP対称性の効果を詳しく調べることができます。しかし、この原子核EDMの測定は困難であるため、よりシッフモーメントが大きい原子核を探す必要があります。
私が行っているのは、大きいシッフモーメントをもつといわれている洋ナシのような形に変形した原子核を計算機の中に再現し、そのシッフモーメントの値を計算することです。原子核を再現するとは、原子核の状態を表す波動関数*4をつくることです。これには10億通りを超える配位を重ね合わせる必要があり、扱いが非常に難しいため、私はその中から重要な配位を100個ほど選び出す作業を慎重に行っています。とはいっても依然として計算量は非常に膨大であるため、研究にはスーパーコンピュータが必要不可欠です。

質問2研究の魅力をズバリ教えてください!

柳瀬:仕事として研究をする魅力は、何といっても「自由に好きなことをして生きていける」ということだと思います。もちろん研究の社会的意義をアピールして予算をいただくことは大変なのですが(笑)、それを乗り越えれば好きなだけやりたいことを研究できる、という点は魅力的な生き方だなと思っています。「すぐに成果が出ること」が要求されることも多いですが、できるだけ「時間はかかるけど面白そうなこと」を選んで研究をしているのも、楽しく研究を行えている秘訣かもしれません。
また、理学研究は「誰でも同じ答えにたどり着ける」という点が面白いところです。私は一人でパソコンの前で作業しているときも、研究を通じて世界中とつながっている、という感覚があるんですよね。不思議なんですけど、でも科学ってそういうもののような気がしています。どんな国の生まれでも、どんな主義や価値観をもっていても、一からちゃんと組み立てて理解すれば同じ場所で待ち合わせることができる。他者と触れ合うことができる。これはサイエンスの大きな魅力の一つなんじゃないでしょうか。

質問3研究をする上で心がけていることはありますか?

柳瀬:二つあります。一つは「間違いを恐れない」ことです。優秀な先輩方の前で間違ったことを言ったり聞いたりするのはこわいと思うかもしれませんが、わからないものはわからないということと、必要なことは恐れずにきちんと聞くことは大切にしています。二つ目は「自分の頭で理解する」ことです。私は移動中に物理について考えるのですが、何かを勉強したとき、その分野の理論を一から再構築できるかを常に試すようにしています。一から自分で組み立てられるようになって始めて、自分の頭で理解できるようになると思います。

質問4中高生の自分にアドバイスするとしたら何を伝えますか?

柳瀬:「もっと勉強しろ」ですね(即答)。でもこれは、授業の内容や高校範囲の参考書をもっと勉強するというよりは、教科書の範囲の外にある活動やイベントにもっと参加してほしい、という意味合いが強いです。この記事を読んでいる中学生・高校生の皆さんも、例えばさまざまな研究所のホームページを見たり、物理オリンピックなどのイベントにチャレンジしてみたりなど、学校の外側にぜひ視野を広げてみてください。

注釈

*1シッフモーメント 原子EDM*3と同じように、原子核も内部にある陽子が持つ電荷が偏ることでEDMをもつ。ただし、原子核EDMは原子中の電子によってその一部は遮蔽される。その結果、原子の内部では原子核EDMではなく原子核シッフモーメントが測定される。

*2CP対称性の破れ  Cは荷電共役変換、Pはパリティ変換(空間反転、いわゆる鏡像)の意味。「宇宙において物質が反物質よりはるかに多い」という非対称性を説明するにはCP対称性の破れが必要条件とされている。強い相互作用と電磁相互作用はCP変換の元で不変であると考えられているが、原子核の崩壊に関わる弱い相互作用ではこの対称性がわずかに破れている。

*3EDM(電気双極子モーメント;Electric Dipole Moment) 原子における電子系の電荷分布の偏りを表すベクトル量。

*4波動関数 量子力学において粒子の状態を記述する関数。絶対値がその存在確率として解釈される。さまざまな固有状態の重ね合わせとして表現されることが多い。

(2023年4月取材)

東北大学理学部物理学科3年 鈴木智也
東北大学理学部物理学科
3年
鈴木 智也

インタビューを終えて

今回お話を伺った柳瀬さんはとても温厚で朗らかな方で、とても楽しくインタビューをさせていただきました。印象的だったのは、他の理研の研究者の方も含め、柳瀬さんが常に同じ目線に立ってお話をしてくださったことです。理研の中でも上下関係は緩やかで、立場に関係なく自由に発言ができるのはセンターの源流となった仁科芳雄から連綿と受け継がれている精神なのだそうです。理研の方々の立ち居振る舞いはまるで「自然の前では誰でも等しく平等である」と体現しているかのようで、とても格好いいなあと純粋に感じました。

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