理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
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イオンビームによって新しい植物を誕生させる

イオン育種研究開発室 白川侑希さんに聞きました

向かって左はイオン育種研究開発室室長の阿部知子さん

白川侑希さんって何をしてるの?

イオン育種研究開発室では、仁科センターの加速器でつくったイオンビームを使って、今までにない性質をもつ植物をつくり出す研究をしています。イオンビームとは原子から電子を取り除いて、陽子と中性子からなる原子核を加速したものです。植物にイオンビームを照射するとDNAが破壊されます。植物は、破壊されたDNAを修復しますが、ときどき、ミスを起こします。遺伝子にミスが入ったまま修復されると、形質の変化した植物が誕生することがあります。研究室では、低温にさらされなくても開花するサクラや、収穫時期の異なるミカンなど39の新品種を生み出してきました。イオン育種技術は当初、おもに花卉植物で使われていましたが、最近では、作物・微細藻類・微生物など利用が広がってきました。

白川侑希さん
白川侑希さんの略歴

2010年東京理科大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。修士(理学)。仁科センター生物照射チームパートタイマーを経て、仁科センターイオン育種研究開発室テクニカルスタッフI。趣味は、宝塚やミュージカルなどの演劇鑑賞やゲームをすること。2児の母として、研究に子育てに奮闘中。

質問1研究をしていて、楽しいと思う瞬間は?

白川:イオンビームを照射した植物の種を蒔いて、変わったものが出たとき、つまり「遺伝子にミスが入ったまま修復されて、新しい形質ができた」とわかった瞬間です。新しい形質の原因を解明する過程で、複雑に染色体が入れ変わっていることがあり、まるでパズルを解くように正解を想像したり、予想したりすることも楽しいと感じています。ふだんは、こんなふうに考えているより、実際に手を動かし実験していることが多く、なかなか結果が得られないこともあります。でも、好きなものや自分で決めたことに対しては、人一倍の忍耐力や根性を発揮するほうなので、興味があるこの研究には“のめり込んでいる”と言ってもいいかもしれません。

新元素合成・検出のための装置

さまざまなイオンビーム(イメージ)。イオン育種研究開発室は、イオンビームの種類によって、DNAの破壊規模がどう異なるかという研究をしており、例えば、炭素(C)イオンビームは軽くエネルギーが小さいため、照射によって破壊するDNAの範囲は小さく、アルゴン(Ar)イオンビームは重くエネルギーが大きいため、広い範囲のDNAを破壊することを実証した。また、材料ごとに照射条件を最適化したイオンビームを用いることによって、新品種をつくり出す効率を大幅に上げることに成功した。

質問2白川さんが一番好きな実験装置は何ですか?

白川:全自動DNA精製装置です。当研究室では、DNAの全ゲノム配列(シークエンス)を調べて、遺伝子にミスが入った箇所を突き止めます。今までは手作業でDNAを抽出していたので、とても時間がかかっていて、1日に16サンプルのDNAを抽出するのが限界でした。しかし、この装置を使うことによって大幅に時間を短縮でき、多いときには1日に48サンプルもDNAを抽出できるようになりました。機械をスタートさせると自動でDNAを抽出・精製できるので、その間に他の実験ができ、研究を効率よく進められるようになりました。

全自動DNA精製装置

質問3研究者になろうと決めたきっかけは何ですか?

白川:最初は「科捜研の女」というドラマを見たことがきっかけで、法科学に興味をもちました。高校生のときに大学のオープンキャンパスに行った際に、偶然、法科学に関係した研究室を見つけて、その大学に入学しました。大学院に進んだ理由は、大学4年生の卒論研究で使った既存の分析方法を、最新の技術と装置を用いた方法に置き換え迅速・効率化したかったからです。所属した研究室で植物を分析するのに兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」を使った研究に関わったことが、現在の研究につながっています。

質問4今までで、一番苦労したことは何ですか?

白川:一番大変だったのは、大学院生の頃です。私は大学院の時に長男を出産しました。修士論文をまとめ投稿論文を書かないといけない時期の出産・育児はとても大変でした。身体的にも精神的にも限界に近かったですが、「やる!」と決めたからには、やり切らなければいけないと思って、乗り越えました。女性の場合は、出産・育児が仕事に影響を与える例が多いようですが、私の場合、近所に住む両親のサポートと理解があり、ここまでキャリアを積むことができました。二人目が生まれる前には、研究の基盤となる分子生物学の研究技術を習得していたため、育児休暇(半年間)からの職場復帰がスムーズでした。子育てをしながらでも研究を続けられる環境が整っていて、夏休みなどの長期休みには子供を職場に連れてくることもできます。研究室内には、他にも子育て中のお母さんやお父さんがいるので、お互いに協力しあっています。

質問5将来も研究を続けたいですか? それとも他の仕事をしてみたいと思っていますか?

白川:研究内容が変わったとしても、常に新しいものをつくる環境に携わっていたいと思っています。今後、興味をもつことが変わる可能性は大いにあるので、どのような研究内容になるかはまだわかりません。でも、手を動かすことが好きなので、将来も実験をしたいと思っています。

遺伝子にミスが入った箇所を見つけるために使う「全ゲノムシークエンス解析」を体験

(2023年4月取材)

京都市立堀川高等学校2年 星原沙羅
京都市立堀川高等学校
2年
星原 沙羅

インタビューを終えて

物理についてあまり勉強したことがなく、知識がなかったので不安でしたが、インタビューをしてみると、とても優しく明るい方で、安心して話すことができました。印象的だったのは、育児をしているということをプラスに捉えていることです。苦労することも多いと思いますが、楽しそうに話していて、私もこのような女性になりたいと憧れました。そして、白川さんのような方々が、研究者を目指している女性に勇気を与えているのだと思いました。

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